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WORKS

『HEAVEN』VIDEO Archive

Project details
三陸DANCE借景 Dance with Sanriku Natural Scenery

DATE:2020/11

PLACE: 岩手・宮古市

宮古市の浄土ヶ浜を借景に撮影を行い、映像作品を創作。オンライン配信/京都Uplinkにて上映を行いました。

地元の芸能団体や振付家の鈴木ユキオも作品を制作。

全編=三陸DANCE借景

 

HEAVEN
Creative member
振付/演出:東野祥子
監督:斉藤 洋平
出演:東野祥子 
            ケンジルビエン
   酒井貴史
   牧野美菜子
撮影:青山真也
音楽:phew
美術:酒井貴史
編集:斉藤洋平

 

 

コーディネーター:坪井奈穂美

制作:牧野美菜子

プロデューサー:坂田雄平

 

 

主催:文化庁、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会、アーツライブいわて実行員会、(特非)いわてアートサポートセンター

共催:宮古市・宮古市教育員会、三陸国際芸術推進員会

企画・制作:(特非)いわてアートサポートセンター

文化庁委託事業「令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業」

/HEAVEN/ 解説

「あの世」と「この世」の狭間で10年間眠ったままになってしまった女の夢。

その時間は果たして「空白」なのだろうか?

必死にもがき葛藤し荒れ狂う濁流の中にいるのだろうか?

圧倒的な事象を前にして、ただ立ち尽くす事しか出来ない。

時間は流れ、時が来ればまた時間に押し出されるように一歩踏み出してゆく。

それは「希望」と呼べるかもしれないし、常に選択を求めてくる「時間」の要請なのかもしれない。

10年という時間は人によってどのくらいの「量」なのだろうか?

そんな事を考えながら盛岡から車で2間、三陸沿岸の街、岩手県宮古に向かっていた。

道中降っていた雨も到着する頃にはすっかり止んでいて、夕日が沈もうしている浄土が浜の海はこの世のものと思えないくらい美しく、静かだった。

10年前、この場所を東日本大震災による津波が襲い全てを流し尽くしたという事実と、目の前に広がる景色が直結せず現実感が全く湧いてこない。

ただ呆然として、海に突き出る獣の爪のような岩々が織りなす独特の景色から「あの世」のようだと評される浄土ヶ浜の海を眺めていた。

その穏やかで静かな風景は津波より、圧倒的な破壊のあと東京で生活する僕らを包み込んだ全ての社会活動が止まった「空白の時間」を思い起された。

緊張感はあるが、静かで何も起きない時間。

止まってしまった街。

そして大震災より10年後、コロナウィルスによるパンデミックで今度は全世界の社会活動が止まり、また「空白の時間」が僕たちの生活を包んでいた。

街の中に車を走らせると、震災直後には宮古の街のあちらこちらにあった山のような瓦礫や打ち上げられた船の残骸はすっかり消え、代わりにコンクリートで出来た15mもの高さの巨大な堤防が海と街の境界のように聳え立ってる。

それはまるで「あの世」と「この世」を分ける境界線を人間が引いたようにもみえる。

案内をしてくれた運転手の女性が「ここから海が見えるはずなんですけどね」と少し寂しげにつぶやく。

僕はこの街で暮らすリアルと10年という時間の人間の営みを感じる。

確かに10年が経ったのだ。

巨大な水門や壁はその事実を無言で語っていた。

そして僕らはまた「空白の時間」の中にいる。

 

監督:斉藤洋平

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圧倒的な暴力は我々に沈黙を強いる。暴力は不可避の変容であり、それまで過ごしたすべての時間を強力に否定する。突如として人生を切り裂かれた人たちは、自らの身に何が起きたかを言葉にできない。恐怖は酸のように心を溶かして、奥底に沈澱し、やがて人を硬直させる。場合によっては身体の自由さえ奪う。古来より我々は幾度となくカタストロフィに襲われてきたが、言葉を失った時、また言葉がまだ無かった時、人は踊ったのではなかろうか。鎮魂としての身体表現。それは暴力が起こる前、そこにどんな人が暮らし、彼/彼女らがどんな人間だったかを思い出すことに似ている。震災から10年『/ HEAVEN /』見てそんなことを思った。

Writer :シンテツ

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「HEAVEN」予告編

予告編

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