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ANTIBODIES Collective New Creation

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『Cassette 100』

 

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ANTIBODIESCollective カジワラトシオ・東野祥子 演出、振付作品

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1971年、マニラのフィリピン文化センターのロビーで初演された作曲家ホセ・マセダのマルチメディア・パフォーマンス作品。カセット・プレーヤー(近年はMP3プレーヤーで代用)を手に、100人の参加者がシンプルな振り付けをもとに、民族楽器の演奏や声が録音されたテープを再生しながら空間の中を回遊する。社会とアートの関わりを重視した活動を模索するパフォーマンス集団ANTIBODIES Collectiveの東野祥子とカジワラトシオが振付・演出を担当する。KAATのアトリウムの巨大な空間に、辺境に追いやられた民衆の生活に基づく精神・信仰・儀式世界の現代空間への介入を試みたマセダの代表作が再現される。

 

TPAM  恩田晃ディレクション

===創作における作品notes===カジワラトシオ

 

ホセ・マセダそして『ドローンとメロディ』

 

フィリピンを代表する現代音楽作家でありエスノミュージコロジストであったホセ・マセダは、1917年にマニラ市で産まれました。今日生きておられたら戦争に翻弄された私たちのお爺さんの世代といった感じになります。ピアノ奏者として音楽の世界に関わりはじめ、50年代前期の時点で西欧や日本の現代音楽の最前線に触れていたマセダは、フィリピン群島に暮らす先住民たちの音楽の研究を媒介にして『ドローンとメロディ』という驚きの思想体系に到達します。それは、マレー型の音楽に関わる民族楽器群を独自の理論で調査分類し、その音楽的構成や音階構造のパターンをアジア全域のなかで体系的に捉えていくという前代未聞の作業でした。

 

フィリピン群島はアジア最古のホモサピエンスの化石が発見されたことでも有名なように、旧石器時代まで遡る先住民の歴史があるところです。中国などの大陸部にアジアの根源を見ようとする歴史観が支配的であったなかで、マセダは『ドローンとメロディ』という一種の思考実験から、アジアで最もオブスキュアーな場所とも言えるフィリピン南部の密森に至り、そこにまさしく革命的なアジア文化史観とでもいうようなものを見ていたと言えるかもしれません。確かに地理的にもフィリピンは海を介してマレーシア、インドネシア、日本、パラオ、中国、台湾、ベトナムといった多地域と直結する特異点であり、そこがアジア文化の根源であっても不思議は無い筈なのです。

 

マセダはアジア各地の土着的音楽を結ぶ一つの思想の線の存在を感じ取り、『ドローンとメロディ』という概念を軸にしたフィールドワークと実験的な作曲行為によって、抹消され忘れられていくアジアの辺境に秘められた大いなる可能性を明らかにしようと考えたのです。今日の西洋和声論理をもたらしたルネサンスという西洋音楽におけるパラダイム転換は、ギリシャ時代の思想哲学を顧みることによってこそ達成されたと言われます。ならば、アジアの原初的風景のなかにアジア特有の曖昧さや多様性、無限性というものを顧みるということは、その知覚世界の未来に一体何をもたらすのだろう?? その大いなる未知こそがマセダのマニアックな好奇心と野心を駆り立て、フィールド・レコーダーを背負った彼をさらなるオブスキュリティの最中へ、そして大幅に規格外なスケールの実験的作品の実現へと向かわせた、というように考えています。

・現在に至る歴史的な背景と『カセット100』

 

『ドローンとメロディ』は音楽理論になるので、興味ある人はさらに調べていただくとして、この度私たちが東南アジアの現代音楽作家であるマセダの作品に関わるという次元において何かの手掛かりとなるかもしれない作品の歴史的な背景について少し考えておきたいと思います。フィリピンの歴史には詳しくないので、これを機にほんの少し勉強です。

フィリピン人の殆どはキリスト教徒だと言われることからも判るように、14世紀のマゼラン船団の到来に始まり300年以上に渡ってヨーロッパの列強に支配された歴史というのがある訳ですが、マセダはフィリピン独立革命の後に50年近く続いたアメリカ統治時代に産まれ、太平洋戦争で日本軍がアメリカを駆逐して軍政をしいた3年弱を跨いで、マッカーサーによって再度配置されたアメリカによる支配の体制の矛盾と歪みを背負った政権下で活動したということになります。因みにフィリピン独立革命の背景は、今現在進行中のヴェネズエラにおけるアメリカ主導の政権交代もしくはクーデターとほぼ同じような構図であったと考えられています。アメリカとの2年間に渡る泥沼のゲリラ戦ではルソン本島人口の6分の1である約62万人が命を落としたとウィキに記されています。ヴェネズエラもまたそんな惨事にならなければ良いと願うところです。
・『カセット100』の素材ともなっている南部地域について

忘れてはならないのは元来フィリピンは複数の王国や宗教から成る多文化共和制を形成しており、マセダが調査の対象としていた南部各地の人々の多くは、数世紀に渡ってスペイン、イギリス、アメリカ、日本による支配や差別と闘い続けてきた先住民族やムスリムであったということです。スペインの主権下にすら収まらなかった小さい王国や先住民たちの闘いの世紀には目を見張るものがあります。マセダが『カセット100』などの作曲をしていた60年代後期から70年代前期には、マルコス大統領の独裁的な体制に対して南部に散在するムスリムの先住民族を中心とする「モロ民族解放戦線」の発足が宣言されるなどして、南部にはゲリラ戦争の暗雲が立ち込めていました。現在これら南部のムスリム先住民やイスラームに改宗しなかったミンダナオ島のルマドなどの先住民、キリスト教を受け入れた先住民などは総人口の8%以下である500万人程度であると推定されているそうです。

1986年にマルコス大統領とイメルダ夫人がハワイに亡命を余儀なくされた際には、政治を私物化した怪人として世界中のメディアを賑わせたのを憶えています。マルコス政権は文化芸術事業などには意欲的で、マセダ自身もその擁護を受けていた訳ですが、それが政権の腐敗を覆い隠すためのカバーでしか無かったという事実がマセダの芸術にとって何を意味したかはどちらでも良いことであるように思われます。何故なら、マセダは50年代の胎動期から電子音楽やミニマリズムへと激動を続けていた現代音楽の前線を見据えて活動した人であって、それ以外の野心があったようには思えないし、イメルダ夫人がシュトックハウゼンを聞いたかどうかなんてことはどうでも良い気がするからです。マセダはフィリピン南部の先住民に伝わる音楽の研究を基点に、フィリピンを越えて東アジア全域に拡がるパン・アジア的な音楽性の展開を夢見ていたという印象が強いことからも自明であるように、そこにフィリピンのナショナリズムという考え方に結びつく接点は無かったように思われます。

 

91年にはピナトゥボ火山が世界最大規模の大噴火を起こして地球の気温が0.5度も下がり、フィリピンの人々もまた火山列島に暮らす民族であるという印象を受けました。新自由主義的な風潮の90年代にミンダナオの「モロ民族解放戦線」は停戦合意に達したものの、合意交渉に反対する「モロイスラム解放戦線」が立ち上がるなどして、40年以上続くモロ・ミンダナオ紛争の死者数は90年代後期の時点で12万人を超えていたとされています(ウィキ)。終わらない紛争は地域経済を破壊し、難民となった人たちは数百万ともされるなか、2016年に現在のロドリゴ・デゥテルテ大統領が就任。2017年にはISISに感化されたジハディスト武装集団のアブ・サヤフを掃討するという政府軍の企てに、ミンダナオ島のマラウィ市が戦場化して1000人以上の犠牲者を出しました。現在に至ってもミンダナオ島全域に戒厳令が敷かれているという状況が続いています。つい先週もミンダナオのホロで爆弾テロがありました。
これは実際の大多数がキリスト教徒である今日のミンダナオ島における「ムスリム・ミンダナオ自治区域」の制定に反対する武装集団によるものと報道されました。この地域はスペインの植民地であった時代から独立革命を経て、マセダが活動した時代から今日に至るまで常にオブスキュアーな辺境であり続けた場所であるということが判ります。
マセダの南部における作業が実際にどのような感じだったのか非常に気になりますが、その資料の一つとして大切にしてきたFOLKWAYSのレコードがあって、そこにはマセダがミンダナオの数カ所でフィールド録音した際の記述などが含まれており、『カセット100』でもこれらの録音に登場する口琴やゴングなどと同類の音が聞かれます。

・『カセット100』そして『ウグナヤン』

私がマセダの作品を知ったのは2000年前後でした。マセダの作品を作曲家のクリス・ブラウンが監修し録音した3枚のアルバムをリリースしたジョン・ゾーン本人から「お前これ聞いといた方が良いよ!」という感じで紹介された記憶があります。ここにも収録されている『パグサンバ』(1968年)という竹の民族楽器と声のための曲は、なんと241人ものパフォーマーが円の中心に向かって観衆の中に立って演奏するというものでした。当時欧米の前衛の間で話題であった「トーン・クラスター理論」を意識した上で、儀式的な演奏状況を設定した野心的な曲であったということが出来ます。

『カセット100』(1971年)はその延長にある壮大なマルチ・チャンネルのテープ作品であり、フランスのGRMでマルチ・チャンネルを探求していたフランソワ・ベイルなどの影響があったと考えられています。『カセット100』のコンセプトは20局のラジオ・ステーションによって同時に再生されるテープのための大作『ウグナヤン』(1974年)において素晴らしい未開のゾーンに到達しています。

 

1974年の元旦にマルコス政権下のマニラで実際にラジオ波を1時間に渡って独占した『ウグナヤン』は、2百万から2千万人の人がそれを耳にしたと言われています。街の各所にはラジオを持参して集まる場所が設定され大変な話題を呼んだということです。『ウグナヤン』は間違いなく音楽史上最大級のトンデモない作品であり事件でした。その日に『カセット100』同様にフィリピン先住民の音楽を素材とした『ウグナヤン』が何百万もの人に届いたことが一体何を意味するのかは誰にも解らないし、そこに政治的な思惑があったかどうかも作者自身は明らかにしていないのです。私にはそれらの音楽的手法を支える思想としての『ドローンとメロディ』自体にこそメッセージが込められているように思います。失われていくアジアの最たる辺境の音楽文化の中に、最先端の面白みと驚異的な広がりがあるのだということを訴えるその楽しげな文面には、アジアの民衆とその文明に対するエンパシー(同情)のような感情が働いていると感じたのです。それは自分が犬島でのクリエーションに向き合った時にも確実に作用していたインスピレーションのようなものとなっていることは確実だと思います。

 

・『カセット100』を演奏する!

『カセット100』の演奏において最も大切な指標となるのは、マセダ自身によって構成されテープに録音された100の音素材と手描きによる譜面の存在です。この度初めて『カセット100』が初演された際の写真を多数見ることが出来て大変興奮しましたが、これらの記録から受けるインスピレーションがあっても良いと考えます。上記した歴史的背景からも判るように、ここでマセダが大々的に扱っている先住民の音楽の要素は、その存在と主権の問題と切り離すことは出来ないでしょう。それは『カセット100』の初演に関わった多くの若者にとっても大きかったと想像します。当時アメリカはベトナム戦争や朝鮮戦争にフィリピンを巻き込んだ上に、反共の統制を徹底したと記録されています。国内での民権運動にも多くの若者たちの関心が寄せられていたことは確実だと言えると思います。その様な背景の中で主に学生や芸術家などによって初演された『カセット100』や街中に拡散する形で上演された『ウグナヤン』はどのように受け止められ、どのようにその出資者や政治的な思惑によって搾取されたのか? 何とも気になるところですが、私たちがフォーカスするのはその作曲とそこに暗示された演奏方法であるということです。

 

現場においては何よりも演者たちが再生機の操作を確実に習得し、グループとその動線を意識することです。MP3再生機と素材に関してはフィリピン大学のデヴィッドさんが一括して調整や取り扱いの説明などを受け持っております。グループの先導役になる演者を中心に20台分だけをカセットテープで再生することを考えています。カセットは操作上も機械的にもバラつきが大きく、移動しながらの電池による再生は楽器同様のセンシティビティを要するものです。何にせよ録音が無いので想像の世界ですが、100台全てがカセット・プレーヤーだった初演の際には、テープ・スピードや音量、再生のタイミングなども相当のバラつきがあったと思います。異なる特性をもったカセット・プレーヤーの存在が音楽に面白みと立体感をもたらすという側面と、MP3プレーヤーの直線的でユニフォームな側面を生かして、発音する主体が空間を動くことによって複雑に組み合わせていくというイメージです。現場で再生しながら特性を確認してカセット・プレーヤーの分布や配置、音量のアイデアを出していきます。

 

・さいごに

今まで私は忘れられた音源を発掘して再評価することに関わってきた訳ですが、『カセット100』を通じてそれよりも当時録音されなかった音楽や、録音する術や意味がなかった音楽、演奏されたことも無いような音楽の方が遥かに多いのでは無いか?と考えるようになりました。それはイマジネーションの幅がぐっと広がった感じというか、私にとって大きな喜びでありました。確かに録音が可能になった産業革命以降、世界はたちまち戦争や革命に取り憑かれてしまった。私たちの世界は未だその延長線上にあって、今まさにその真価が問われているということだと思います。何よりも面白いのは、私自身も全ての演者たちも未だかつて『カセット100』を聞いたことがないということです。それは地球の生命の次なる地平が何処にあるのかを誰も知らないということでもあるのです。(カジワラトシオ)

2019年2月10(日)
神奈川県芸術劇場

 

開演 18:30 / 19:30 (上演時間30分。)

 

##Ticket Free##

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